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- 60年代、アメリカとベトナムの戦いが始まる
- 64年、トンキン湾事件
アメリカがベトナムから魚雷の攻撃を受けたとでっちあげ攻撃を開始する - 毛沢東は戦争の準備が必要だと思い、「戦争になったら中央に頼れない。地方更生に頼らなければならない」と話す
- インドネシアと良好な関係だったが、九・三〇事件が起こり関係が悪化
- 中国は国際的に孤立化していく
- 1966年~76年と10年間にも及ぶプロレタリア文化革命
- 1976年の毛沢東の死去、4人組逮捕にて終了
- 1981年には中国共産党中央委員会は文革を全面的に否定する
発端
- 1965年、上海の新聞『文匯報』(ブンワイホウ)に文芸評論家の姚文元(ヨウブンゲン)が『海瑞免官』を批判する文章が載る
- 海瑞は明代の役人で、農民の苦しみを見て政府に訴えるが、公邸に罷免される
- 『海瑞免官』北京副市長で歴史家である呉晗(ゴガン)の書いた歴史学
- 海瑞を彭徳懐と見立てて、罷免した皇帝を毛沢東と思わせて批判していると呉晗を非難した(実際は毛沢東が書かせた)
- 賛否両論が起こったが、プロレタリア階級の階級闘争に障害があると批判して、文学以外にも哲学や法学、経済学にも影響が及ぶ
- 1966年、毛沢東は中央文化革命小組を設置
ブルジョワ思想や修正主義を取り締まる - 毛沢東を支持する腕に赤い腕章をつけた紅衛兵(大学生、中学生)が登場する
用語
- プロレタリア
労働階級に属する人 - コミューン
共同、共通(英語のcommonにあたる)は